世界の妊産婦感染症 どのくらいの妊婦さんが感染で死亡するの?

国際保健

発展途上国において、妊産婦または褥婦感染を発症する率は、1000出生に対して、70.4人であり、死亡を含む重篤な感染症となるのは10.9人/1000出生であった、との報告が2020年5月 Lancet Global Healthに掲載されました(こちら)。

母体の感染症

この数字がはたして高いのか、低いのか、ちょっとわかりませんよね。

妊婦さんは一般的に免疫力が下がっているため、ある種の感染症になりすいと言われています。

しかし、それでも、今の日本で感染が原因で妊婦さんが死亡にいたるというのは、「かなり稀」といっていいと思います。

分娩施設も清潔だし、抗生剤をはじめとする様々な薬剤も簡単に手に入りますし、重篤な敗血症という状態になっても集中治療室で管理することが可能です。敗血症というのは、体全体にばい菌が蔓延してしまう状態で、こうなると日本のような先進国でも救命が難しくなります

ちなみに、2010年から2015年までの5年間で、日本国内で発生した母体死亡症例(146例)の分析では、11人(7%)が感染で死亡しています(日本の妊産婦を救うために2015、p30)。

この期間にうまれた赤ちゃんの数は、概算で520万人くらいですので、1000出生あたりにすると、単純に計算してだいたい0.002人です。

まあ、特殊な感染症にかかる以外は、日本で感染が原因で妊産婦が死亡するのは「極めて稀」ということなんですね。

いままでに、いろいろと母体死亡と感染との関連が報告されていますが、基準がバラバラでなかなか全体像がなかなか見えてなかった、という背景があります。

例えば、感染による敗血症を診断するのに、血液培養という検査がスタンダードなのですが、どこでもできる検査ではありません(特に途上国では)。そのため、ほんとうに感染が原因で死亡したのか、それとも違う死因があるのかわからない、とういうような信頼性の低いデータしかありませんでした。

今回は、過去のデータを使って推計するのではなく、感染症診断の基準などを統一した上で、ある一定の期間内に感染していると診断された妊産婦あるいは産後の人をリクルートして、その経過を追いました、という内容になっています。

結果

今回のこの研究では、52か国(高所得国9か国、中低所得国43か国)から712施設が参加して、実施されました。

研究対象となったのは、2017年11月28日から12月4日に、「感染している」または「感染疑い」と診断されて入院していた2850人の妊産婦または産後の人。この期間内に生まれた赤ちゃんの数は、41140人でした。

結果は以下のとおり。

感染症診断または疑いだった人は、1000出生あたり70人(95% CI 67·7–73·1 )。

さらに1000出生あたり10.9人(9·8–12·0) は死亡を含む重篤な感染症でした。

重篤な感染症とは、母体死亡にいたる感染症、または死亡にいたらないまでも多臓器不全まで起こした感染症、と定義しています。

今回の研究で、重篤な感染症だったのは381人(13.4%)でした。

合併症を伴う感染(侵襲的な治療が必要だった感染症や集中治療が必要だった感染;例えば感染した箇所を切除するとか)は、634人(22.2%)でした。

それ以外を軽微な感染症としてカウントしています(1835人(64.4%))。

この論文では、重篤な感染は敗血症をすでに発症していた、とみなしています。

この重篤な感染症と診断された人、つまり敗血症を起こした人たち381人のうち、死亡したのは26人(7%)でした。しかし中低所得国だけのデータを見てみると、低所得国の致死率は15%(81人中12人死亡)、中所得国(中所得国でも下位の国)は7%(179人中13人死亡)で、これはこう所得国の1%よりかなり多い数字でした。 

ちなみに、前回、このブログでご紹介したシエラレオネの病院では、敗血症をおこした場合の致死率は11%でしたから、まあそんなもんかな、って感じです。

高所得国では一人も母体死亡がありませんでした。

体のどこの部分の感染が多かったのか?

今回の研究では、79.9%の症例で、感染のフォーカス(ばい菌がたくさんいそうなところ)の診断結果があったそうですが、それによると、重篤な感染にいたった症例では、子宮内膜と皮膚の感染が最も多かった、という結果でした。

子宮内膜の感染というのは、子宮の中が感染しているということで、これは非常に治療しずらい感染です。

理事長がいたシエラレオネの病院でよくあったケースは、破水した妊婦さんをいつまでもほったらかしにしておくケースです。

あるいは、難産だったケースもよく運ばれてきました。

これらのケースでは、病院に運ばれてくるまでに子宮内胎児死亡を起こし、子宮内感染を起こしてしまったと考えられます。

おそらく考えらるシナリオは、つぎのようなものだと思います。

破水をしてしまい、長期間放置。その間に子宮内感染を発症し、陣痛発来するが、分娩の前に子宮内で胎児が死亡。胎児死亡に気づかずに分娩進行を経過観察しているが、なかなか生まれないので、病院へ搬送、という感じだと思います。

途上国の多くの病院では、日本のように胎児心拍図計などなく、胎児心拍を確認する方法が限られています。そのため、胎児が死亡していることを発見するのが遅れてしまうのではないか、と考えられます。

子宮内感染を起こすと、母体の予後も非常に悪く、最終的は子宮を摘出しなければならなくなります。

それでは、皮膚の感染はなぜおこるのでしょうか。

こちらは、帝王切開術後の創部感染の可能性が高いと思われます。

理事長がいたシエラレオネの病院では、日本のように、術前に抗生剤をしっかり投与することが少ないので、術後の感染があとをたちません

以下の写真は、帝王切開をしたあとに感染した症例です。

理事長もここまでひどい術後感染をみたことがありませんでした。

この症例は、帝王切開後1週間です。

創部が完全に離開し、筋膜と腹膜をこえて腹腔内まで膿瘍を認めました。

子宮も完全に創部が離開し、中は膿瘍で充満していました。

この症例は、再度開腹して感染箇所(子宮、腹膜、筋膜)を切除して、抗生剤をガンガンに投与して、1ヶ月後に歩いて家に帰れました。命が助かってよかった。。。

術後の感染が発生する理由はいろいろ考えれれます。

まず、手術で使う道具が完全に滅菌できていない

術前、術後に抗生剤を使用する頻度が少ない

看護師の数が少なすぎる。

術後に患者をチェックすることがない(手術したら退院まで放置)ので、早期に発見できない。

そもそも病棟が汚すぎる。。。トイレとかひどい。。。

などなど

術後の感染を減らすには、非常に多くの要因が関連するので、かなり難しいと思います。

とは言え、理事長がいたシエラレオネの病院では術後感染が多すぎるので、すくなくとも術後のチェックを1回はする、術前の抗生剤を投与する、の2つを実行するようにしました。設備を改善するのは、かなり大きなお金が必要になるので、なかなかできなかったのですが。。。。

日本では、妊産婦が感染で重篤になることが少ないのは、薬剤などの治療手段も大きいとは思いますが、一番大きな理由は、病棟できちんと術後管理できるナースがいることと、清潔できちんと機能する設備(アフリカやアジアでは停電が多すぎていろんなものが使えない)などの環境がしっかりしているからなのでは、と理事長は思います。

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