新型コロナウイルスの母体と周産期予後に対する影響

国際保健

こんにちは。

久しぶりの更新となりました。

今回ご紹介する論文は、The Lancet Global Health オンライン版 March 31, 2021 に掲載された研究です。COVID-19パンデミック期間は、それ以前と比較して、母体死亡率、死産率、そして子宮外妊娠破裂症例数が、有意に上昇していた、という内容です。

背景

COVID19は世界の医療供給体制に甚大な影響を与えましたが、特に周産期医療にたいする影響と、その結果として妊娠転帰がどのような影響を受けたのかというシステマティックレビューはありませんでした。今回は、母体、胎児、新生児の医療に対する、COVID-19が与えた影響について、論文化された研究を集めて、その結果を評価してみた、という内容です。

方法

パンディミックが母体、胎児、新生児転帰に与えた影響を研究した論文のメタアナリスツを行った。2020年1月から2021年1月までに発表された論文が対象です。基本的には、ケースコントロール、コホート研究などパンデミックの前後で比較したもので、単にCOVID19に感染した症例の報告、比較対象のない研究、などは除外しています。

評価項目は、母体死亡率、周産期死亡率、妊娠合併症、分娩転帰、新生児予後などに関して。

結果

3592件ヒットした論文の中から、40研究を対象としてピックアップしています。

パンデミックの期間は、その前の期間と比較して、死産の有意な上昇をみました(pooled OR 1·28 [95% CI 1·07–1·54]; I2=63%; 12 studies, 168 295 pregnancies during and 198 993 before the pandemic) 。

死産に関しては、12本の論文を対象としてます。先進国8本、途上国4本です。実は、これも別々にみると、先進国のデータでは有意差はありません。途上国のデータだけ有差がでているんですね。研究によって死産の定義も曖昧なので、まとめちゃってどこまで信頼できるのかわからないのですが、死産が増えているっていうのは、シエラレオネにいる理事長の実感には当てはまります。

パンデミック期間は、母体死亡率もまた有意に上昇していました(1·37 [1·22–1·53; I2=0%, two studies [both from low-income and middle- income countries], 1 237 018 and 2 224 859 pregnancies) 

これは主に、メキシコとインドの2つの論文の結果から。先進国のみでCOVID-19と母体死亡を検討した論文はありませんでした。

37週前の早産は有意な変化はありませんでした(0·94 [0·87–1·02]; I2=75%; 15 studies, 170640 and 656423 pregnancies)。対象になった論文は全部で15本。これも先進国と途上国で分けてみると、違う結果になっています。先進国の論文は12本、途上国は3本です。先進国のデータだけみると、実は37週前の早産に限っては、パンデミック前後で減っています。34週、32週、28週前の早産は、先進国、途上国どちらも変化なし、でした。

先進国では早産が減っているのかも。。というのは、なんか理事長の感覚と一致します。日本の周産期センターでバイトしていた時も、なんか前と比べて母体搬送の依頼減ったよなー、なんて思っていました。日本での研究はあるのでしょうか。。

産後うつを評価するEdinburgh Postnatal Depression Scale スコアは、悪くなっていました(pooled mean difference 0·42 [95% CI 0·02–0·81; three studies, 2330 and 6517 pregnancies).。こちらは11本の研究を検討しています。先進国だけ、途上国だけの研究を検討してみると、先進国の論文は1本、途上国の論文は2本ありました。これらの論文の結果をみると、先進国も途上国もどちらも有意差をもって悪化していました。

子宮外妊娠破裂は増えていました(OR 5·81 [2·16–15·6]; I2=26%; three studies, 37 and 272 pregnancies). これは先進国のみで行われた3本の論文に基づいています。

その他の周産期指標、妊娠糖尿病、妊娠高血圧症候群、34、32、28週前の早産、医原性早産、分娩誘発、分娩方式の違い、産後出血、新生児死亡、底出生体重児、NICU入院、アプガースコアに関しては、パンデミックの前後で有意な差は認めませんでした。

結論

今回の研究では、母体および胎児の転帰はCOVID-19パンデミックの間に悪化している、特に母体死亡、死産、子宮外妊娠破裂、それから母体のうつ、に関して有意に悪化していることがわかった、ということになります。さらに、パンデミックの影響は途上国のほうが大きそうだ、と推測されます。

これらの周産期予後が悪くなっている理由としては、妊産婦が病院にいくことを躊躇してしまったこと、ならびに、周産期医療サービスを提供する能力自体も減ってしまったことが原因ではないか、と著者たちは述べています。

先進国では、高速Wi-Fiを使って、遠隔で妊婦検診を実施していましたが、そういう技術にアクセスない人は、たとえば先進国に住んでいたとしても、置き去りにされてしまいました。さらに、そういった先進技術を使った遠隔医療を実施することが難しい中低所得の国々では、予防できる疾患を見つけるチャンスがある妊婦健診をうけるチャンスが、完全に奪われてしまったことが予想されます。

ネパールでは、病院でのお産が減りましたが、その傾向が顕著だったのは、主に低階層に所属する人々でした。イギリスでも、パンディミク第一波で死亡した妊婦の88%は、黒人か少数民族に属する人々でした。

さらに著者たちが指摘しているのは、夫などのパートナーからの暴力です。これが死亡と関わっているのでは、と著者たちは述べています。夫もパンデミックで職を失い、1日家にいるわけですから、そのストレスの吐口となるのが女性であることは想像に難くありません。

パンデミックが来る前から、途上国では女性への暴力が大問題でした。パンデミックはさらに拍車をかけたのかもしれません。死亡にいたるような暴力をうけることも、本当にあったのでしょう。

暴力以外にも、女性たちは、学校に行けない子供達の世話もしなければならず、そのために仕事ができなくなり、さらに収入が減って、貧困のスパイラルに落ちていく。これは先進国、途上国を問わず共通した現象だったのでしょう。

母体死亡と死産。ただでさえ産科救急はスピードが命です。このパンデミックがただでさえ脆弱な途上国の周産期医療にもたらした影響は、破壊的な威力をもっていたのだと思います。

さらに論文では指摘されていませんが、理事長がいるシエラレオネの病院では、海外NGOが軒並み撤退しています。ヨーロッパにおけるCOVID-19の被害は甚大であり、ヨーロッパの国々から途上国に派遣されている医療者も自国に呼び戻すことが多くなっています。

いま理事長が新生児当直をしているシエラレオネの病院も、産科から国際NGOが撤退してしまいました。そのため、年間2000件の分娩と800件の手術を、卒後3年目くらいの医師2人で対応しています。当然ながら医療サービスの質が劣化するのは避けられません。データはありませんが、母体死亡は確実に増えていると思います。

論文の最後はこう言っています。

実際に先進国では、パンデミックに伴い、妊産婦にたいする医療体制を変化させた。このことは、ハイクオリティな遠隔医療は可能であり、病院での滞在時間を少なくでき、いままで困難と思われてきた問題も、資金と注ぎ込んで、科学的な知見に基づいて、政治的なリーダーシップをもって対応すれば、解決できるのだ、ということを示した。

これを途上国でやれないことはないのではないか。

現在、理事長たちは、遠隔医療技術を用いた妊婦健診アプリケーションを開発中です。

スマホ一つもって、医療施設から遠い村々を訪れて、そこで妊婦健診をしよう、という計画です。いままでエコーなんて一回も妊婦健診で受けたことがない人でもアクセスできるようにする。そんな世界を目指しています。もうすぐアプリケーションも完成すると思います(多くの助成団体に開発資金をお願いしていますが、まだどこも相手にしてくれません泣)。

アプリができて、実際に村で使い始めたら、またみなさんにこのブログで報告します。

今日はこのへんで。

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