陣痛発来した妊婦あるいは計画的に分娩誘発をする妊婦に、クエン酸シルデナフィル50mgを8時間ごとに経口投与した群、とプラセボ投与群を比較した結果、分娩時の胎児機能不全による産科手術(帝王切開、鉗子分娩、吸引分娩)のリスクが減った、とするオーストラリアの研究が、2020年5月のAmerican Journal of Obsterics and Gynecologyに掲載されました(こちら)。
胎児機能不全とは
お腹の中の赤ちゃんは、胎盤から必要なものをすべてもらっています。
酸素もその一つです。
自分で呼吸できないので、酸素は胎盤を通してもらえる酸素のみが頼りです。
分娩時に子宮が収縮すると、胎盤への血流が減ってしまいます。そうすると、胎盤に運ばれてくる酸素の量もへってしまうので、赤ちゃんも当然酸素が足りなくなります。
この状態のことを胎児機能不全といいます。
胎児機能不全を見つける方法としては、赤ちゃんの心拍を計測する方法があります(胎児心拍陣痛図計といいます)。
この赤ちゃんの心拍の変化パターンを見て、赤ちゃんが酸素欠乏になってるかどうか、つまり機能不全に陥っているのかどうか見ます。
赤ちゃんに酸素が十分いっていないことがわかると、これは早く赤ちゃんをお腹の外にだしてあげないといけなくなります。
そのときに、分娩を早く終わらせるために、外科的処置をおこなうことがあります。
帝王切開は、手術でお腹をあけて赤ちゃんを取り出す方法です。
それ以外にも、鉗子といって赤ちゃんの頭にひっかけるクワガタのお化けみたいな器械があります。それを赤ちゃんの頭に装着して、引っ張り出します。
また、吸引といって、吸盤のおばけみたいなものを赤ちゃんの頭に装着して、引っ張り出す方法もあります。
いずれにしても、あんまり産科医としては、遭遇したくない光景です。。。。
クエン酸シルデナフィルとは
男性の間では有名な「バイアグラ」の主成分ですね。
これは勃起不全に使われる薬です。
なんでこれを妊婦さんに??と思うかもしれませんが、実はこの薬の効果は、骨盤内の血管を拡張させ血流を増加させる作用にあります。
当然子宮に入ってくる血管にも作用するので、この効果を利用して、陣痛時の子宮収縮で血流が減ってしまうのを防ごう、という作戦です。
子宮の血流をよくして、胎盤に灌流する血液を増やす、すると赤ちゃんにも酸素が多くいく、すると胎児機能不全に陥って急いでお産にするリスクが減るのでは、という仮説です。
外科的産科介入は減った
方法は、プラセボ薬を使った二重盲検ランダム化試験です。
2015年9月から2019年1月まで、オーストラリアのブリスベンMater Mother’s Hospitalで実施されました。
対象は、18才から50才までの37週以降の単胎頭位で経膣分娩を希望する、あるいは計画分娩を予定していた妊産婦。除外対象になったのは、妊娠高血圧、1回以上の帝王切開既往のある人、子宮内発育遅延、降圧薬内服中、など。バイアグラ群137人、プラセボ群131人で研究しました。
これらの妊婦さんに、子宮口が4cmになって分娩室に移動してから、クエン酸シルデナフィルかプラセボを8時間ごとに内服してもらう(3回まで)、という内容です。
結果は、クエン酸シルデナフィル群のほうは、プラセボ群と比較して、産科外科的介入のリスクを51%へらした、とのこと(18%vs36.7%)。さらに、胎便汚染と胎児心拍異常の発生リスクも58%減らしたそう(25.3% vs 44.7%)。どちらも統計的に有意差ありです。
胎便というのは、赤ちゃんのうんちのことで、赤ちゃんは息が苦しくなると肛門が緩んで便が出てきてしまいます。そのため、羊水が便に汚染されてしまうことがあります。赤ちゃんが酸素欠乏で苦しくなったときにみられる一つのサインですね。
しかし、新生児低酸素虚血性脳症はどちらの群にも1例ずつ発症しており、新生児予後の改善は見られませんでした。他の項目、新生児集中治療室入院、一過性多呼吸、気胸などのリスクも両群で差はありませんでした。
なんとなくよさそうな結果ですが、気になる結果も報告されています。
この研究ではないのですが、オランダで行われた同じような研究Dutch STRIDER trial では、クエン酸シルデナフィル投与群において、新生児死亡が高くなり、しかも新生児遷延性肺高血圧が有意に増えたということで、この研究は中止になっています。
今回の論文でも、クエン酸シルデナフィル投与群での、赤ちゃんの予後改善効果は認められていません。
母体側でも、出血を減らすなどの効果は認められいませんし、気になるのはICU入院がクエン酸シルデナフィル投与群で2人出ているということです。
はたして、バイアグラは本当に効果があるのかどうか、まだまだデータの蓄積が必要みたいです。
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