こんにちは。
今回は、2020年4月のBJOG an International Journal of Obstetrics and Gynecologyに掲載されたエチオピアからの報告をご紹介します(Zemenu Tadesse Tessema, Sofonyas Abebaw Tiruneh, Spatio-temporal distribution and associated factors of home delivery in Ethiopia. Further multilevel and spatial analysis of Ethiopian demographic and health surveys 2005–2016, BMC Pregnancy Childbirth. 2020; 20: 342. Published online 2020 Jun 3.)。
ざっくり要約すると、「妊婦さんが施設(つまり病院や診療所)で分娩するかどうかは施設が提供できる医療レベルと相関している」という内容です。
んーなんか当たり前じゃん、って感じですが、自宅で産婆さんが赤ちゃんを取り上げるのが一般的な発展途上国で、母体死亡や新生児死亡を減らすために進められてきたのが施設、つまり病院や診療所、での分娩です。
訓練された助産師さんが、医療設備のある病院でお産を介助するほうが安全である、という想定のもとに、WHOやJICAのような組織が施設分娩を推し進めてきました。
医療サービスの受け手である妊婦さん側の要因については、例えば教育レベルだとか、収入だとか、住んでる場所だとか、そいうった因子が病院で分娩するという行動と関連している、と多くの論文が指摘しています。
この論文の面白いところは、医療のサプライサイド、つまり医療提供側の視点から、何が施設分娩を促す要因となっているかを分析している点です。
論文要約
方法:横断的研究 エチオピアにおける2016年のdemographic and health survey dataと2014年のservice provision assessment dataを使用。6954人の分娩と717の医療施設を対象とした。これらの分娩データと医療施設の地域的ばらつき、ならびに分娩施設の医療提供能力との関係を検討した。分娩施設の医療サービス提供能力は、産科救急対応(basic emergency obstetric care:BEmOC)*を提供できる能力を評価した。
*BEmOC:点滴で抗生剤投与ができる、オキシトシン投与ができる、胎盤用手剥離ができる、D&Cができる、吸引または鉗子分娩ができる、新生児蘇生ができる、マグネシウム製剤を投与できる、の7項目のこと。
メインアウトカム:施設分娩
結果:医療施設が産科救急対応できる能力を備える場合、妊婦が施設で分娩をするオッズは2倍増える。その他の施設分娩と関連する因子としては、少なくとも四回の産前健診受診歴は、施設分娩と関連していた。当然ながら、保健医療施設への距離が遠ければ遠いほど、施設分娩はすくなる。富裕層は保健医療施設で分娩する傾向が認められた。
保健医療施設の医療サービス提供能力が低い場所では、施設分娩数も少ないことがわかった。施設分娩が促進されるかどうかは施設の能力と相関していることが示された。
自宅で分娩するよりは、病院で、さらに訓練された助産師さんたちが分娩を取り扱った方が、母体死亡や周産期死亡を減らす、というのは納得できる説明です。
確かに、医者や助産師がたくさんいて、水も電気も途切れることなく供給されていて、その他の医療資源が整っている病院であれば、死亡を減らすことができると思うのは自然なことです。
この考え方にたって、発展途上国の母子保健モデルは、自宅で産婆さんによる分娩を禁止して、病院や診療所などの施設で分娩することを推進してきたのです。
論理的には、これで母体死亡や赤ちゃんの死亡は減るはずでした。
しかし、必ずしもそうとは限りませんでした。
たとえば、Gabrysch ら*1によるガーナでの大規模コホート研究でも、施設分娩そのものが母体死亡を減らすという事実は認められませんでした。母体死亡を減らすためには、質の高い医療サービスの提供が不可欠であり、十分な人的資源や医療資源のない診療所や病院で分娩をしたところでなんら改善は望めない、という結果でした。さらにCarversら*2によるセネガルでの研究も、分娩を取り扱うべき同国の施設がいかに危険な場所であるかを示す結果となっています。*1Gabrysch et al. Lancet Glob Health 2019;7:e1074–87. *2Cavallero et al. BMJ Glob Health 2020;5:e001915.
つまり施設分娩の数が上昇したからと言って、それが必ずしも母体死亡や周産期死亡の削減にはつながらない、ということです。
しかし、WHOやJICAのような援助組織は、いまだに施設分娩数をプロジェクトの評価項目として使っています。施設分娩の増加や妊婦検診受診の増加でプロジェクトが成功したとか、失敗したとか、評価しているわけです。
また、施設分娩推進と同じように重要なのが、分娩施設の集約化です。
分娩の集約化とは、分娩はなるべく中央にある大きな病院、つまり緊急で帝王切開などができる医療資源の豊富な施設に集約し、末端の一次医療施設で何か問題がおこれば、中央の大きな病院に患者さんを搬送するというシステムを構築することです。
これはアメリカでは一般的な方法で、中央にでっかいバースセンターがあって、そこでは年間分娩数が1万件を超える病院が珍しくありません。
途上国も、このようなモデルを真似して、産科救急対応ができる医療施設を中心にして、末端の保健医療施設から何かあったら母体あるいは新生児搬送するという仕組みを導入して、施設分娩を推進してきました。
WHOの方針に右へ倣えのJICAや日本のNGOは、疑うこともなく母子保健プロジェクトといえば診療所や病院で分娩しましょうと一生懸命に促進してきましたし、病院間の搬送に使う救急車もたくさん寄付してきました。
でも、ちょっと待ってください。
分娩施設といっても、発展途上国の診療所あるいは病院をみたことありますか??
普通にベッドが一つあるだけの分娩室がほとんどです。なにかあった場合、帝王切開ができる病院まで行くのに未舗装の道をひたすら何時間もかけて行って、やっとついた病院では、医者は押し寄せる患者に疲弊しており、薬も満足にありません。
そんなところで分娩件数が増えたとか減ったとかを気にしていること自体ナンセンスです。
インフラの未整備の途上国で施設分娩を促進し、大病院に分娩を集約することのメリットはどれくらいあるのか、これが理事長の疑問でした。今回の論文や、最近の論文が示唆するとおり、馬鹿の一つ覚えの施設分娩促進はもう見直すべき時にきていると思います。
ではどうするのか。理事長は決して病院での分娩を否定しているわけではありません。きちんと訓練された助産師さんがいて、医療資源も整備されているならば、死亡率が改善することは様々な研究の示すところです。
ではどのような方法がいいのか。
もしかしたら解決策は、日本の周産期医療の軌跡にあるのでは、と思っています。
日本の周産期医療は独特の進化をとげてきたと思います。
それを可能としたのは、地域に根差した開業医さんたちの存在です。
日本のお産は主に助産院と開業医により行われてきました。開業医院は個人経営のところが多く、まさに医者一人で24時間365日、地域の妊婦さんや赤ちゃんに医療サービスを提供してきました。
そして多くの場合、お産はここで完結できます。開業医院では緊急の場合の帝王切開までできるところがほとんどです。
当然、医師一人で麻酔からすべて行いますので、医師にかかる負担は大きくリスクも低いとは言えません。しかし、このすべて完結できる医療施設がすぐそばにある、つまり開業医院がどの街にもある、ということが、日本の奇跡的とも言える母体死亡ならびに周産期死亡率低減の原因だったのではないでしょうか。
欧米のように大規模病院中心のシステムを作って、そこに高度医療を集中させるのではなく、サテライトのような小規模医院を中心に、産科救急に対応できる設備を整える、この方法のほうが発展途上国の周産期医療には相性がいいのではないか、と思うのです。
人的資源や、さらにそれだけのモチベーションとコミットメントをもった医療従事者をどうのように育てるのかという問題があります。漫画「コウノドリ」にでてくる四宮先生のお父さんは、地方の産婦人科開業医さんです。四宮先生が実家の病院の跡を継ぐエピソードでは、地方の産婦人科開業医さんがいかに自分を犠牲にしながら地域のお産と赤ちゃんたちを守ってきたか、が描かれています。
このような名も無い産婦人科医や助産師さん達が日本には無数にいて、日本の周産期医療を支えてきたのでしょう。
今回の論文は、もしかしたら、このような中央に資源を集中させるアメリカ型の医療ではなく、末端の施設を充実させることによって、施設分娩が増えるかもしれない、という可能性を示していると思うのです。
しかし、もともと発展途上国では医者や助産師の数がすくないのに、そんなことができるのか、というのはもっともな疑問です。この日本のシステムは、日本人の産婦人科医師や助産師さん達がいたからこそ、できることなのでしょうか。文化も考え方もまったく違うアフリカで、このようなことができる人材は生まれるのでしょうか。
この問題を考えていくと長くなりそうなので、今日はこのへんで終わりにします。
ではまた。
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